
志免鉱業所跡は福岡県粕屋郡志免町のシーメイトの敷地内にあります。
この地域では質のよい石炭が採れた為、海軍が1889(明治22)年に新原採炭所(須恵町)を開いた後の
第二次世界大戦中に、竪坑と第八坑などが掘られました。
第八坑の設備は1940(昭和15)年3月に完成し、1943(昭和18)年には竪坑との間の連絡坑道が
地下深いところで結ばれてより深い層の石炭を採掘し、軍艦や工業用の燃料となりました。
戦後は国鉄の燃料を掘りだしましたが、一貫して国営の炭鉱だったので志免町から須恵町一帯は、
大正から昭和のはじめにかけて郡内一の炭鉱として繁栄しました。
1964(昭和39)年に閉山しましたが、今も残る遺構は石炭生産の集約された最盛期のようすを伝えています。
今回紹介するところは、75年間に及ぶ志免鉱業所の操業のなかで中心となった場所で、
福岡県の史跡に指定されました。
なお、竪坑櫓は2009(平成21)年12月8日に国の重要文化財に指定されました。
志免鉱業所竪抗櫓
志免鉱業所竪抗櫓
志免鉱業所竪抗櫓の紹介パネル
志免鉱業所竪抗と第八関連地区の紹介パネル
第八抗連卸坑口(だいはちこうれつおろしこうぐち)
第八抗連卸坑口
第八抗連卸坑口の説明パネル
第五抗西側坑口(だいごこうにしがわこうぐち)
第五抗西側坑口の説明パネル
第八抗本卸坑口(だいはちこうほんおろしこうぐち)
第八抗本卸坑口の説明プレート
志免鉱業所跡の側にあるボタヤマ
志免鉱業所跡竪抗櫓の地図
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この記事へのコメント
おーい競馬場
やはり、今の時代を築き上げた歴史は知っておきたいものです。
カメ吉
はい、私もその通りと思います!
子供の頃に国鉄の篠栗線の篠栗駅で機関車に乗せてもらったり、楽しい思い出もあり
ます。
昔は大勢の人が炭鉱で生計を立ていましたが、人と人の絆も強かったのを覚えています。